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超古代文明はいかにして滅びたのか…世界の歴史・ミステリー、さらにはUMAなどさまざまな謎に迫るブログ。世界の神話や伝説、ロマン溢れる古代の遺跡にまつわる逸話などもご紹介していきます!時空を旅してあなたもHistoryHolic(歴史中毒)になってみませんか?

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アテナイのアクロポリス
Category: ヨーロッパ   Tags: ヨーロッパ  巨大建造物  伝説  歴史  

知恵と戦いの女神に守られた聖域


海抜156メートルに位置するアクロポリスは、ギリシアの首都アテナイ(アテネ)の象徴だ。
アクロポリスとは、古代ギリシアのポリスの中心となる小高い丘。宮殿や神殿などが建っていた。
アテナイのアクロポリスは、東西約270メートル、南北約150メートル。紀元前700年ごろから前510年にかけて、知恵と戦いの女神であり、市の守護神でもあったアテネを祀る神殿やその他の神殿が多く建築された。だが、これらは、紀元前480年、ペルシア人にすべて破壊された。
アクロポリス
アクロポリス


紀元前447年以降、廃墟と化したアクロポリスの再建が行われた。そして、パルテノン神殿、アテネ・ニケ神殿、エレクテイオンなどが造られたのだ。中でもその巨大さ、剛健さからアクロポリスの中心となったのは、パルテノン神殿だった。
神殿の内部には、高さ12メートル、黄金と象牙でできた巨大なアテネの立像が安置されていた。
像の価値はこれだけでパルテノン神殿がふたつ半建てられるほどだったという。このことからも、同神殿は礼拝目的のみで建てられたのではなく、アテナイの財宝庫でもあったと考えられている。
事実、同神殿は市民の財宝も収められていたのだ。アテナイの国力と文化水準の高さの誇示にも役立ったようだ。

ところで、アテナがアテナイの守護神になるまでには、次のような伝説がある。アテナと海神ポセイドンは、アテナイの領有をめぐって争いになった。アテナイへの贈り物としてポセイドンが三つ又の鉾で岩を撃ち、アクロポリスに海水を噴出させたのに対し、アテナは、オリーブの木を出現させた。アテナイの住民は女神を選び、以後、彼女が守護神となったという。
この伝説はパルテノン神殿の彫刻にも描かれている。これだけでも、住民がいかにアテネを崇めていたかがわかる。

なお、同神殿のレリーフには、神話や伝説のほか、行事や歴史、トロイヤ陥落の場面なども描かれた。
おそらく当時の人々にとっては、神話と史実はほぼ隣り合わせにあったのだろう。もしかしたら、アクロポリスには本当に神々が集まっていたのかもしれない。
それを証明するかように、エレクテイオン付近には、ポセイドンが開けたという3つの穴が残されている。

パルテノン神殿
パルテノン神殿



画像は、Wikipedia - パルテノン神殿 からお借りしました。



テーマ : 歴史&スピリチュアル・ミステリー    ジャンル : 謎

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Sakai

Author:Sakai
古代文明や歴史にまつわるミステリーをさまざまな書籍や文献を参考に、ご紹介していきます。ロマン溢れる過去の遺産である、素晴らしき古代文明や歴史のミステリーを一緒に探索しましょう!現代科学を持ってしても不可能なものや建造物。人智を超越した古代文明の謎に迫ります。

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