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超古代文明はいかにして滅びたのか…世界の歴史・ミステリー、さらにはUMAなどさまざまな謎に迫るブログ。世界の神話や伝説、ロマン溢れる古代の遺跡にまつわる逸話などもご紹介していきます!時空を旅してあなたもHistoryHolic(歴史中毒)になってみませんか?

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ソロモン神殿
Category: オリエント   Tags: 巨大建造物  歴史  オリエント  遺跡  

嘆きの壁に残る悲劇の痕跡


ソロモン神殿は、東エルサレム(本来ヨルダン領。イスラエルが実効支配中)のモリヤ山にかつて2回建てられた、ユダヤ人のヤハウェ神礼拝の場だ。
まず、イスラエル王国のソロモン王国のソロモン王(在位=紀元前965~前928年)が、紀元前963年に黄金ずくめの第1神殿(ソロモン神殿)をこの地に建設した。
規模は高さ約15メートル、幅約10メートル、奥行き約30メートル。建設場所は、エルサレム旧市街の南東隅に平らな台地状をなすモリア山上。ここはユダヤ民族の直系の祖をされるアブラハムが神ヤハウェと契約を結んだ場所でもあった。

ソロモン第1神殿
ソロモン第1神殿

この第一神殿の至聖所(内陣)には「契約の箱」が安置されていたといわれている。契約の箱とは、預言者モーセがシナイ山上でヤハウェから授かった十戎を刻んだ、2枚の石版を納めたという箱のことである。現在の所在がわからないために、"失われた聖櫃"と呼ばれることもある。

だが、王の死後、王国はイスラエル王国とユダ王国に分裂。イスラエル王国は紀元前721年、アッシリアに、ユダ王国は紀元前586年、新バビロニアに滅ぼされる。帝国のネブカドネザル2世は金銀財宝のことごとくを略奪し、住民をバビロニアに連行した。

その後、ペルシアが新バビロニアを倒すことにより、イスラエルの民はエルサレムに帰還した。
こうして紀元前538年、彼らは第2神殿を同じ地に再建し、紀元前1世紀末には、ユダヤ王ヘロデ(在位=紀元前37~前4年)が改修した。しかしこの第2神殿も、数十年後のユダヤ戦争時、ローマ軍に破壊された。

現在、神殿跡にはイスラム教のモスク「岩のドーム」が建てられ、わずかに第2神殿のテラスと西壁の一部のみが残る。後者はユダヤの人々が祈りを捧げる「嘆きの壁」として知られている。

第2神殿西壁 「嘆きの壁」
第2神殿西壁 「嘆きの壁」


さて、ここで気になるのは、第1神殿が崩壊した後の「契約の箱」の行方である。

契約の箱には、超常的な力が秘められていたなどといわれているが、聖書で語られている以上のことは、ほとんどわかっていない。第1神殿とともに破壊されたと見る向きもあるが、その後の伝説も絶えない。一説では、エチオピアの教会に「契約の箱」が安置されているともいわれているほどだ。
あるいは岩のドームの真下には、やはり依然として契約の箱が秘されているのかもしれない。





画像は The eternal world ~永遠のイスラエルにようこそ~ よりお借りしました。


テーマ : 歴史&スピリチュアル・ミステリー    ジャンル : 謎

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Author:Sakai
古代文明や歴史にまつわるミステリーをさまざまな書籍や文献を参考に、ご紹介していきます。ロマン溢れる過去の遺産である、素晴らしき古代文明や歴史のミステリーを一緒に探索しましょう!現代科学を持ってしても不可能なものや建造物。人智を超越した古代文明の謎に迫ります。

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