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グレート・ジンバブエ
Category: エジプト・アフリカ   Tags: 超古代文明  謎  ミステリー  巨大建造物  アフリカ  遺跡  

黄金伝説を秘めたアフリカ独自の遺跡


アフリカ南部最大の石造遺跡、グレート・ジンバブエは、ザンベジ川とリンポポ川に挟まれた高原地帯にある。
ブロック状に加工した花崗岩を、精巧に積み上げた遺構は、大小約200はある石造建築のうち、最大規模のものだ。ちなみにジンバブエとは「石の家」という意味。

グレート・ジンバブエの遺跡は1871年、ドイツの地質学者カール・マウフによって発見された。マウフは大規模な遺跡を見て、この地こそが『旧約聖書』に出てくる、「黄金の国」オフルだと確信した。そして、オフルこそ、『旧約聖書』に登場するシバの女王の国だと主張したのである。
彼の説の根拠は、グレート・ジンバブエとソロモン王の神殿の構造が似ている、という点にあった。シバの女王はソロモン王を訪ね、その叡智に感激している。つまりシバの女王が、尊敬するソロモン王の神殿を真似て造ったというのである。

この説は20世紀の初めまでは、本気で信じられていた。そのため、遺跡の下には黄金が眠っているという噂が流れ、時ならぬゴールドラッシュが巻き起こったのである。一攫千金を狙う人々がグレート・ジンバブエに群がり、遺跡は考古学的価値もかまわず、破壊された。黄金などあるはずもないのだ。

しかし、1905年、イギリスの考古学者デビッド・ランドル・マクレバーの調査によって、遺跡は聖書時代ではなく、15世紀頃のものだということが判明した。今では、このグレート・ジンバブエが建造されたのは、11~15世紀で、当時この地域に住んでいたショナ族の建築によるものと考えられている。ただし、ショナ族は文字を持たない部族であったため、詳細は不明だ。

グレート・ジンバブエ遺跡の遠景
グレートジンバブエ遺跡の遠景。中央右にあるのが「大囲壁」

では、グレート・ジンバブエの遺跡とはどんなものなのか?
遺跡は大きく3分できる。「アクロポリス」と「神殿」そして「谷の遺跡」だ。アクロポリスは小高い丘の上にある遺跡で、要塞形に連なる石壁と迷宮のような通路などで成り立っている。神殿は、アクロポリスから少し下がった平地にある。長径100メートル、短径80メートルの巨大な楕円形の外壁からできている。内側には、内壁と高さ約8メートルの円錐塔などがある。壁に用いられている石材は花崗岩だが、レンガ状のブロックに整えられ、漆喰などの接着剤を使わずに積み上げられている。
なお、この神殿を造るために、18万2000個ほどのブロックが使われたと推測されている。

谷の遺跡は、住居跡だったらしいが、崩れかけた石壁があるだけで、見るべきものはあまりない。
グレート・ジンバブエの特徴は、建築様式がアフリカ的ということだ。他地域からの輸入技術に頼らず、独自性を貫いている点が、この遺跡の価値を高めているのだ。

グレート・ジンバブエ遺跡「大囲壁」の内部
グレート・ジンバブエ遺跡。「大囲壁」の内部。
西側から「聖」の空間を見た様子。大円錐塔が見える。


画像は、Wikipedia - グレート・ジンバブエ遺跡よりお借りしました。


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テーマ : 歴史&スピリチュアル・ミステリー    ジャンル : 謎

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古代文明や歴史にまつわるミステリーをさまざまな書籍や文献を参考に、ご紹介していきます。ロマン溢れる過去の遺産である、素晴らしき古代文明や歴史のミステリーを一緒に探索しましょう!現代科学を持ってしても不可能なものや建造物。人智を超越した古代文明の謎に迫ります。

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