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超古代文明はいかにして滅びたのか…世界の歴史・ミステリー、さらにはUMAなどさまざまな謎に迫るブログ。世界の神話や伝説、ロマン溢れる古代の遺跡にまつわる逸話などもご紹介していきます!時空を旅してあなたもHistoryHolic(歴史中毒)になってみませんか?

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階段ピラミッド
Category: エジプト・アフリカ   Tags: ミステリー  謎  超古代文明  歴史  伝説  エジプト  

神の座を目指した最初のピラミッド


カイロの南約28キロ地点にあるサッカラは、古代エジプトの王などの墓が多く造られた場所だ。エジプト史上初のピラミッドもこの地にある。約4700年前に造られた階段ピラミッドである。これは第3王朝のジョセル王(ジョセルとも。在位=紀元前2650年頃)が、自らの墓として建造した。建築家であり、名宰相として知られたイムホテプが設計および建造の指揮をとったといわれている。
規模は東西約123メートル、南北約109メートル、高さ約70メートル。
宰相になる前は神官だったイムホテプは、太陽神信仰の教義に基づいてジョセル王の墓を築くことを思い立った。その際、ヒントにしたのが、神聖石「ベンベン石」だったという。隕石だったにも関わらず、円錐形をしたベンベン石を見たイムホテブは、この形をピラミッドの原形としたのだ。

さらにイムホテプは、王は太陽の子であり、死後は太陽と合体するために昇天すると考えた。そのためにも、天に向かってそびえる円錐形の建造物が必要だったのだ。古代エジプト史上初のピラミッドが6段の階段状なのは、むろん王が天に昇るのを助けるためである。

建設の際、イムホテプはまず地下の岩盤を掘った。そして下部構造として、地下27メートルのところに王のミイラを収める玄室をはじめ、彫像、副葬品、供物などの収納部屋、王妃や王族の墓、これらを結ぶ通廊といった埋葬設備を設けた。
上部構造はその後に造られた。最初にマスタバ(ベンチ形墳墓)が造られ、それが拡大された。

さらにピラミッド構造がかぶせられた。これは当初の計画では4段だったらしい。それが最終的に6段となり、現在のような形になったのだ。
ところが完成後のピラミッドは、地下の下部構造に収められた埋葬設備の位置が、中心からずれてしまっている。
後世のピラミッドはすべて、何らかの形で上部構造に埋葬設備をもっているが、ジョセル王のピラミッドのみ、地下の下部構造に収められている。

ジョセル王のピラミッド
ジョセル王のピラミッド


それだけに、埋葬設備は重要なはずなのだが、なぜこんなことになったのか?
階段ピラミッドは、完成までに4回にわたって設計変更と修正工事が行われた。それまでの王の墓は、多くがマスタバだった。イムホテプも当初は地下に埋葬室を造った後にマスタバを捉えた。

だが、これでは以前の王墓と変わりない。そこでさらに大きなマスタバを増設する。それがある時、ベンベン石を見てひらめいた。神に等しい王を、より神の元に近づけるための方策を。

そして階段状に石を積み上げていくうちに、欲が出た。もっと高くもっと大きくと。
その結果が数度にわたる設計変更であり、最終的に横にずらす形で階段を積み増ししてしまったために、中心位置がずれたのではないだろうか?


葬祭殿の正面
葬祭殿の正面




Wikipedia - ジョセル王のピラミッド より画像をお借りしました。




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テーマ : 歴史&スピリチュアル・ミステリー    ジャンル : 謎

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古代文明や歴史にまつわるミステリーをさまざまな書籍や文献を参考に、ご紹介していきます。ロマン溢れる過去の遺産である、素晴らしき古代文明や歴史のミステリーを一緒に探索しましょう!現代科学を持ってしても不可能なものや建造物。人智を超越した古代文明の謎に迫ります。

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