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超古代文明はいかにして滅びたのか…世界の歴史・ミステリー、さらにはUMAなどさまざまな謎に迫るブログ。世界の神話や伝説、ロマン溢れる古代の遺跡にまつわる逸話などもご紹介していきます!時空を旅してあなたもHistoryHolic(歴史中毒)になってみませんか?

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大仙陵古墳
Category: 日本   Tags: 謎  ミステリー  日本  歴史  

高度な土木技術で築かれた世界最大の陵墓


日本最大の規模を誇る古墳が、大阪府堺市にある大仙陵古墳(伝・仁徳天皇陵)だ。
なによりも驚くべきはそのサイズで、前方後円墳の墳丘だけで長さ486メートル、周囲に三重に張られた環濠も入れれば、全長で800メートル、幅630メートルという巨大さだ(ただし、もっとも外側の周濠が最初から存在していたのかについて異論もある)。
しかも、古墳を墓所として考えれば、墳丘は墓そのものにあたるが、その周囲には当然、祭祀を行う場所、さらには聖域として古墳と同施設の扱いを受けた場所も存在したはずである。
実際、大仙陵古墳でも、三重目の濠のさらに200メートルの場所から埴輪や土器が発見されており、ここも古墳の領域と考えるなら、東西南北それぞれ1キロメートル以上という壮大な規模になる。 もちろん、工事の規模も技術も、並々ならぬものがあったはずだ。

大仙陵古墳の拝所
大仙古墳の拝所

しかしほぼ同時期にはもうひとつ、近くの大阪府羽曳野市に、大仙陵古墳と双璧をなす巨大古墳、誉田御廟山古墳(伝・応神天皇陵)が作られている。こちらは、墳丘長こそ約420メートルで大仙陵に若干劣るが、そのぶん横幅や墳丘の厚みもあり、堆積そのものでは大仙陵古墳を凌ぐといわれている。

さらに、大仙陵の側には、長さ365メートルの上石津ミサンザイ古墳(伝・履中天皇陵)、長さ288メートルの土師ニサンザイ古墳と、まさに巨大古墳が目白押し状態なのだ。

ところでこうした巨大古墳の全盛期は、5世紀中期とする説が濃厚だ。
だがその一方で、古墳の埋葬者が誰なのかは、判然としないものも多い。というのも、天皇陵の比定は、その多くが江戸時代の国学や尊皇思想の隆盛とともに、当時の学者の見立てによって行われたものだからである。
もちろんそのすべてを否定するわけではないが、少なくとも今日の学問的な考証には遠く及ばない。

大仙古墳上空から
厳重な禁足の地でもあった大仙陵古墳

明治になると、喜田貞吉が初めて近代歴史学の方法を天皇陵比定に持ち込み、天武・持統陵、聖徳太子墓、仁徳天皇陵、応神天皇陵、箸墓古墳を埋葬者が明らかな古墳として挙げた。

だが、この中でも仁徳陵、応神陵、箸墓古墳については、今日ではかなり疑いが持たれるようになってきている。
記述として「伝・××天皇陵」とするのもそのためで、とにかく天皇陵と名がつくものの、古墳については正確なところはわかってないのだ。
それは、宮内庁が長年に渡って学者による考古学的調査を拒んできたことが大きい。最近になって、ようやくその門戸も少しだけ開かれようとはしているが、まだまだ問題は山積しているといえよう。



画像は、Wikipedia - 大仙陵古墳 よりお借りしました。



テーマ : 歴史&スピリチュアル・ミステリー    ジャンル : 謎

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Author:Sakai
古代文明や歴史にまつわるミステリーをさまざまな書籍や文献を参考に、ご紹介していきます。ロマン溢れる過去の遺産である、素晴らしき古代文明や歴史のミステリーを一緒に探索しましょう!現代科学を持ってしても不可能なものや建造物。人智を超越した古代文明の謎に迫ります。

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