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超古代文明はいかにして滅びたのか…世界の歴史・ミステリー、さらにはUMAなどさまざまな謎に迫るブログ。世界の神話や伝説、ロマン溢れる古代の遺跡にまつわる逸話などもご紹介していきます!時空を旅してあなたもHistoryHolic(歴史中毒)になってみませんか?

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始皇帝陵
Category: アジア   Tags: 超古代文明  巨大建造物  アジア  

兵馬俑が守る荘厳な地下宮殿


中国史上初めて天下を統一し、皇帝となった秦の始皇帝(在位=紀元前247~前210年)は、その絶大な権力を駆使して首都・咸陽(現・陝西省西安市北西)の東、驪山の北麓に、巨大な陵墓=始皇帝陵を造営した。二重の城壁を巡らした、基辺約350メートル、高さ約76メートルの陵墓の地下に、始皇帝は眠る。
1974年3月、陵墓の東約1.5キロ地点で、井戸を掘ろうとした地元住民が偶然、兵馬俑坑を発見した。調査の結果、俑坑は1~3号坑の3基から成っていた。一部が発堀された1号坑は、東西約230メートル、南北約62メートル、深さ約5メートルの坑に約8000体もの等身大の陶製の兵士や軍馬の俑(副葬に使う人形)が埋められていることが判明。これらの「軍団」の発見は、当時の衣服や武器、馬具などの様相や構成を知るためにも、きわめて貴重なものだった。2号坑、3号坑は未発掘だ。

兵馬俑坑
死後の始皇帝に仕えるべく造られた兵馬俑坑

ところで当初、兵馬俑は始皇帝の絶大な権力を示すためのものと考えられていた。だが、近年の中国調査団による地質調査で、陵墓の地下に石灰岩の岩盤に囲まれた東西168メートル、南北141メートル、高さ15メートルの巨大な空洞が広がっていること、平均値の43倍もの水銀の反応があることなどが判明。始皇帝が壮大な死後の世界=地下宮殿を築こうとしたことが、ほぼ確実となったのだ。兵馬俑坑は、そのごく一部だった。実は地下宮殿に関しては、すでに司馬遷の『史記』に記述がある。だが、それは後の世の人々にとっては、単なる夢物語だった。それがここへきて、真実だった可能性が、ぐんと高まったのだ。

では、『史記』に見る地下宮殿とは?以下、簡単に紹介してみよう。三泉(3層の地下水脈)を貫くほど深く掘り進んだので、棺を収める槨室に水が入らないよう、周囲の壁に銅を流し入れた。また、百官や女官などが詰める多くの部屋があり、宝玉、珍宝が槨室の周囲を満たし、盗掘者を射殺するために自動で矢を飛ばす装置も設けられた、さらに、水銀を満たした人口の川や大海が再現され、天井には太陽、月などの天文図が描かれている。この空間はまた、人魚の脂を使ったロウソク台で照らされている。調査によると、地下宮殿は破壊や盗掘にあわず、無傷のままらしい。しかし、残念ながら現在、本格的な発掘のめどはまったく立っていない。不老不死の妙薬とされた水銀に囲まれた棺で眠る始皇帝は、この地下宮殿で、永遠に君臨し続けるのかもしれない。

始皇帝陵
始皇帝陵、この地下に皇帝は眠っている。




画像は、旅行大好き、次どこ行く? からお借りしました。




テーマ : 歴史&スピリチュアル・ミステリー    ジャンル : 謎

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Author:Sakai
古代文明や歴史にまつわるミステリーをさまざまな書籍や文献を参考に、ご紹介していきます。ロマン溢れる過去の遺産である、素晴らしき古代文明や歴史のミステリーを一緒に探索しましょう!現代科学を持ってしても不可能なものや建造物。人智を超越した古代文明の謎に迫ります。

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