歴史・古代文明と世界のミステリーサイトマップ / 歴史・古代文明と世界のミステリーRSS

超古代文明はいかにして滅びたのか…世界の歴史・ミステリー、さらにはUMAなどさまざまな謎に迫るブログ。世界の神話や伝説、ロマン溢れる古代の遺跡にまつわる逸話などもご紹介していきます!時空を旅してあなたもHistoryHolic(歴史中毒)になってみませんか?

スポンサーサイト
Category: スポンサー広告  
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
チャンキロ
Category: 南北アメリカ   Tags: 超古代文明  南北アメリカ  

13の塔は太陽観測所だった!


ペルー、北西沿岸地域のカスマ・セチン川流域に展開するチャンキロ遺跡。その遺跡エリアは、約4平方キロにおよんでいる。紀元前4世紀ごろから機能してきたと考えられているチャンキロ遺跡は、別名「13の塔」とも呼ばれ、多くの建物や広場、そしてこれまで世界中の注目を集めてきた要塞化された寺院を含んでいる。
ところが2007年3月、チャンキロ遺跡の持つ以外な側面が明らかになった。なんと、同遺跡は約2300年前の古代文明が遺した、アメリカ大陸最古の太陽観測所だったというのである。この最新の研究成果はペルー、カトリック大学のイバン・ゲッツィ、イギリス、ラインチェスター大学の天文考古学者クリーブ・ラッゲルスの両教授によって『サイエンス』誌に発表された。インカ帝国が太陽崇拝および太陽観測を行っていたことは有名だが、その遙か昔から、ペルーにはすでに成熟した太陽観測技術があったというのだ。

両教授によると、太陽観測所の役割を果たしたのは、チャンキロの別名ともなっている「13の塔」である。これらの塔は複合的な施設の中心となっている丘の上に、南北方向に一列で建設されており、カスマ・セチン川流域における儀式の主要な場所の一部であった。各塔の面積は75~125平方メートル。地平線に対して歯状の構造物として、規則的に並んでいる。保存状態は比較的良好で、いずれも頂上へとつながる内階段がある。そして実質の観測地点は塔の内部ではなく、塔からそれぞれ東西に230メートル進んだ二つの地点だったと考えられる。すなわちこの二つの地点から見ると、地平線に沿って長く広がった13の塔が、1年の日の出および日没の地点とほぼ一致しているのだ。

チャンキロ 13の塔
ノコギリ歯状の「13の塔」

たとえばペルーで12月にある夏至のときは、太陽は最も右の塔の右側から昇る。6月の冬至のときは最も左側の塔のさらに左と、夏至のときの逆になる。また、太陽が塔から塔へ移るのにかかる日数の経過を追うことで、誤差が数日以内という精緻なカレンダーを規定することも可能だったと思われる。この観測地点の遺跡は、生け贄の儀式で使われた遺物で装飾されているという。両教授は「13の塔」すなわちチャンキロにおける天文台の役割を、太陽を崇拝してきた人々が、前述の夏至や冬至、春分・秋分といった太陽暦における特別日をマークするために使っていたものと考えている。これらのマークをする役割はおそらく聖職者に一任され、人々は宴をくり広げつつ、特別日の日の出を待ち望んだことだろう。

チャンキロ 寺院
チャンキロのもうひとつのシンボルともいえる、要塞化された寺院






画像は、Astro Arts からお借りしました。




テーマ : 歴史&スピリチュアル・ミステリー    ジャンル : 謎

Comments

Leave a Comment

プロフィール

Sakai

Author:Sakai
古代文明や歴史にまつわるミステリーをさまざまな書籍や文献を参考に、ご紹介していきます。ロマン溢れる過去の遺産である、素晴らしき古代文明や歴史のミステリーを一緒に探索しましょう!現代科学を持ってしても不可能なものや建造物。人智を超越した古代文明の謎に迫ります。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。