歴史・古代文明と世界のミステリーサイトマップ / 歴史・古代文明と世界のミステリーRSS

超古代文明はいかにして滅びたのか…世界の歴史・ミステリー、さらにはUMAなどさまざまな謎に迫るブログ。世界の神話や伝説、ロマン溢れる古代の遺跡にまつわる逸話などもご紹介していきます!時空を旅してあなたもHistoryHolic(歴史中毒)になってみませんか?

スポンサーサイト
Category: スポンサー広告  
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
トロイア
Category: ヨーロッパ   Tags: ヨーロッパ  伝説  歴史  

考古学者の執念が叙事詩を現実にした?


トロイア戦争は実際にあった!
この一言を信じ、証明のために生涯をかけたのが、ドイツの考古学者ハインリヒ・シュリーマンだ。
周知のとうり、シュリーマンはそれを証明し、トルコの首都アンカラの西、約520キロにあるヒサルリックの丘に、伝説のトロイア遺跡を発見したのだ。
トロイア遺跡
トロイア遺跡


紀元前8世紀ごろのギリシアの詩人ホメロスが神話などを題材にして著した叙事詩『イリアス』や『オデュッセイア』によれば、戦いの発端は、トロイアの王子パリスがスパルタ王メネラオスの妻ヘレネをさらったことにある。
メネラオスの兄でミュケナイ王アガメムノンの総指揮の下、ギリシアの諸侯らがトロイアに遠征をして始まったこの戦いは、10年もの長きにわたった後、ギリシア連合軍の勝利に終わった。豊かだったトロイアの街は焼かれ、略奪されつくしたという。

『イリアス』の記述をもとに、トロイア探索に乗り出したシュリーマンはヒサルリックの丘に注目し、1870年から発掘を開始した。すると、すでに発掘されていた古代ローマの都市イリオンの遺跡の下層から、トロイアと思われる古い遺跡が出現したのである。
ここから「プリアモスの宝」と呼ばれる豪華な装飾品や杯などが発見されたこともあり、シュリーマンは自らがパリスの父プリアモス王の都を発見したことを信じた。

ところがその後の調査で、遺跡は紀元前3000~後500年にわたる9層から成っており、シュリーマンが発掘したのは第2層(紀元前2500~前2200年ごろ)であることが判明した。
紀元前1200年代に起こったと推定されるトロイア戦争と合致するのは、第6層(紀元前1800年~前1300年ごろ)か第7層A(紀元前1275~1240年ごろ)だったのだ。
第6層はトロイアが最も栄えた時期に当たるが、第7層Aはそれより規模が小さい。ただし、激しい火災跡があるため、第7層Aを当時のトロイアとする研究者も多い。

なお、「トロイアの木馬」は『イリアス』にこそ出てこないが、『オデュッセイア』には、主人公オデュッセウスが戦争を回顧する場面で登場するし、それ以外にも神話・伝説として一般に流布していた。紀元前1世紀のローマ詩人ウェルギリウスが著した叙事詩『アエネイス』にも登場する。

トロイアの木馬
トロイア遺跡の象徴でもある木馬



画像は、海外旅行記 からお借りしました。



テーマ : 歴史&スピリチュアル・ミステリー    ジャンル : 謎

Comments

Leave a Comment

プロフィール

Sakai

Author:Sakai
古代文明や歴史にまつわるミステリーをさまざまな書籍や文献を参考に、ご紹介していきます。ロマン溢れる過去の遺産である、素晴らしき古代文明や歴史のミステリーを一緒に探索しましょう!現代科学を持ってしても不可能なものや建造物。人智を超越した古代文明の謎に迫ります。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。